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【日中】工友之家(労働者の家)訪問

工友之家(労働者の家)訪問

北京郊外に位置する皮村で、日本からの訪問団一行は工友之家の創立者である孫恒と会った。工友之家は、都市部に出稼ぎ来た人々に各種のサービスを提供する組織で、その設立は、打工(出稼ぎ)青年芸術団というグループが元になっている。

1998年、孫恒は河南省から北京に出稼ぎに来た。歌が好きな彼は、出稼ぎ労働者子弟のための学校でボランティア教師をしている時、志を同じくする3,4人の仲間と出会った。のちに工友之家の中心メンバーとなる彼らもまた、北京に出稼ぎに来て、趣味の歌をうたって出稼ぎのストレスを和らげていた。皆で歌を書き、歌うようになった彼らは、歌声で出稼ぎ労働者の余暇を豊かにすることを目指し、2002年5月、打工青年芸術団を正式に発足させた。

芸術団として公演を重ねる過程で、彼らはより多くの出稼ぎ労働者の苦労を知るようになった。給料の遅配や未払い、子どもの就学難、彼ら自身が学ぶ場の欠如などである。孫恒たちもこれらの問題をどのように解決できるか模索し始め、権利擁護事務所、学校、図書館などの計画が持ち上がった。芸術団は毎年40-50回の無料全国ツアーを行っており、CDも出した。日本でもCD一枚を出したことがある。初めてのCDが10万枚売れたため、7.5万元の著作権料が入り、学校のスタートアップ資金となった。いまでは工友之家の名のもとに、同心実験学校、同心互恵スーパー、打工青年芸術団、博物館、協会などの機関を擁するまでに発展した。

同心実験学校
学校は1970年代には小学校だった建物で、後に工場として使用され、2005年に彼らが移ってきた時には打ち捨てられた工場跡地で、雑草が生い茂っていた。大きな工場の建物を改築して教室にしたほかは、学校のすべての施設は全国から来た100名あまりのボランティアが建設労働者の協力のもとで、レンガひとつ瓦ひとつから作り上げたものだ。


学校は、市街地と郊外の境の移民居住区にあり、学齢前クラスから小学6年生までの出稼ぎ労働者の子供400人あまりが学んでいる。学校は子供から大人までが文化活動をする場となっており、同心工友夜間学校を併設している。子供は月曜日から金曜日の昼間に授業を受け、土日と休日の夜は、父母が授業を受けに来る。夜間学校では、出稼ぎ労働者のために、大衆文芸クラスを開設しており、ギター・歌・作文・言語表現・映画鑑賞などのコースがある。労働者が教師に何を学びたいかを話し、教師は情況に応じて教材を編集するなど、コースは柔軟に設置される。

運動場で、子供たちが私たちのために踊り始めた。実はここには子供芸術団もあり、頻繁に要請を受けて外部公演を行っているという。例えばエイズの予防キャンペーンのために「赤いリボンの家の歌」というダンスを創作した。子供たちは学校で演劇・撮影・絵画などのコースも学べる。数日前、第一回北京出稼ぎ労働者子弟の絵画・撮影・演劇作品総合展を開いたという。

学校の図書館は社会各界からの贈り物で、各クラスが持ち回りで管理している。同心書店は出稼ぎ労働者のために立てられた図書館で、夜7時から10時まで開いており、彼らが勤めを終えた後の学習に便利だ。無料で借りることもできる。

同心実験学校が徴収する学費は、学期ごとに400元(6000円相当)あまり。公立の小学校は200元あまりだが、国家の補助金によって、校舎や設備また教師の給料などの資金問題が解決されている。同心実験学校では、子供ひとりの学期ごとの教育コストは大体2000-3000元で、負担は公立学校よりずっと大きいのだと孫恒は言う。それでも、片親家庭や子供の多い家庭に対しては学費を減免しており、社会からの1対1の資金援助に頼って学費問題を解決している。

孫恒は、教師の質の問題にも言及した。教師の月給は食事と宿舎を提供して700元と高くないため、流動性が高い。道で一人の教師に会ったが、彼は退職後に同心学校で教務主任として働くようになり、もうすぐ1年だと言う。「公立学校の試験重視の教育方針と異なって、同心学校では「素質教育」を主としており、あらゆる分野を全面的に発展させた上で、学習能力を向上させるのです」と彼は言った。

出稼ぎ労働者子弟の学校では、ある特殊な子供たちの教育義務も担っている。小学校卒業時に学ぶのをやめて出稼ぎに行く少数の子供や、中1・中2の時に学校をやめて出稼ぎに行く多くの子供である。出稼ぎ労働者の子供が義務教育の権利を享受できない問題は、依然として大変厳しい情況である。

同心互恵公益商店
ここは、社会企業の理念で運営されているリサイクル商店で、英国の社会企業TRACK2000に啓発されて設立された。同心互恵公益商店に並んでいる衣服の大部分は、大学生の寄付で、大型電気製品は、有償で引き取ったもの。すべて中古品だが、衣類はクリーニングし、電気製品は修理をして、低価格で出稼ぎ労働者に売っている。現在、商店の財政収支は、バランスが取れており、利潤が少しあれば、新規出店のために使う。現在、商店は3店舗、回収所が1ヶ所あり、今年の年末までにあと2店舗増えて、チェーン展開をする予定。

都市は消費主導の暮らしで、大量の使われない資源がある。一方、出稼ぎ労働者は収入が低いため消費に使う資金は少なく、同心互恵商店の作用は、この両者を協調させることだ、と孫恒は考えている。ある人にとっては要らない物を、欲しい人がいる。商店はこの中間にある。目下の問題は、輸送と保管のコストが高すぎることで、なんとか下げなければならない。また、回収物によっては修理が必要で、商店としてはボランティアによる修理か、修理担当者を養成することで修理コストを下げ、商店の拡大発展のためにより多くの利潤を使いたいのだ。

打工文化芸術博物館
工友之家の最新プロジェクトは、打工文化芸術博物館を立ち上げることである。博物館というアイディアの元はこうだ。改革開放以来20年、2億人が都市へ出稼ぎに来た。社会の発展はこれらの人びとの肩にかかり、彼らは最も辛くて汚い仕事をしてきた。物質的な財産を作り、歴史を動かしたのに、自分たちの文化はなかった。主流となっている文化は、精英の文化であり、大衆からは断ち切られ、遠く離れていた。博物館は全国に向けて20年来の出稼ぎ労働者の歴史と価値観を記録する予定だ。陳列するのは、CD・インタビューの録音資料・賃金カード・臨時居住証などで、大型の資料庫も作る。

このほか、工友では博物館の中に、大衆小劇場を作り、公演や展示を行う予定である。例えば、9月19-20日は、日本の民間劇団組織であるテント劇団が公演を行うし、9月21日は、出稼ぎ労働者子弟の絵画・撮影展が行われる。「将来は、都市への出稼ぎ労働者は今の2億人から4-5億人に増えるだろう。更に多くの人がやって来るのだ。工友之家の歴史的使命は都市化の進展の中で出稼ぎ労働者の生存環境の変化や権益、そして都市のために捧げた積極的な貢献を記録することである」。

工友の家では、権利擁護事務所も開設し、街にさすらう出稼ぎ労働者のために無料の食事と宿を提供し、権利擁護相談を実施している。工友ホットラインと宣伝カードの配布などを通じ、労働者の権利擁護に協力している。工友協会では、法律・コンピューターの研修を行い、文化教育の場となっている。

ハーモニカとギターの伴奏で、出稼ぎ労働者が故郷を思う気持ちを込めた「想起那一年」(あの一年を思いだす)を歌う孫恒。

文責:朱征 翻訳:松江直子

作者:  松江更新 |  GLI関連 |  17 October 2007 |  00:00

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