
| 2007年12月21日午後、中国社会起業家代表団一行が、多文化共生センター東京を訪問した。
多文化共生センター東京は、阪神淡路大震災の際に外国人被災者に情報提供を行 った「多文化共生センター」の東京事務所として2001年4月に開設。 多文化共生センターの事務所と「たぶんかフリースクール」の教室は、荒川区の廃校校舎の3Fにある。
「日本の法律では、子供が16歳になると、扶養家族として日本に来ることができなくなるため、母国に自分の子供を置いたまま来日した多くの外国人が、中学校を卒業したばっかりの子供を日本に連れてきます。 中国出身の王さんは、2歳のとき親と来日。74年に公立学校教員採用の国籍条項が撤廃された4年後、28歳で都立高校の先生になった。 義務教育年齢にある外国籍の児童生徒は、公立小中学校で受け入れるが、それ以外は自己責任で、というのが文部科学省の立場。だが、来日したばかりの生徒の多くは日本語ができず、高校受験は高い壁だ。日本語に慣れるまで中学で学べればいいが、国から判断を委ねられている自治体の大半が義務教育を修了した生徒の中学受け入れを認めていない。その結果、中学にはも高校にも通えず、行き場を失っている子供が多い。 スクールの先生は、教員免許か日本語教師の資格を持つ王さんら7人。通っている生徒は中国籍の子を初め約40名。「昼クラス」は学校に通えない子供、「夜クラス」は、学校に通っていても、不十分な日本語指導のために学校の授業について行く事ができない子どもをそれぞれ対象とする。授業料は毎月約3万円。 王さんは、多文化共生センターの取り組みを取り上げたNHK国際放送のドキュメンタリーを見せてくれた。アメリカから来日まもない子が、スクールの先生たちの指導の元で一所懸命勉強したにもかかわらず、高校受験を二回とも失敗した。子供の落胆した顔を見て、中国からの皆さんが、受験制度の合理性について相次ぎ質問を投げかけた。 「母語が確立してから来日した子供たちは、2言語を駆使するバイリンガルに成長できる可能性があり、日本の社会にとっても有用な人材になるはずです。制度がもう少し柔軟であれば、彼らもこんなに苦労しなくていいはずなのですが」と王さんが言う。
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作者: 松江更新 | GLI関連 | 24 January 2008 | 00:00